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無日3

遺構   0*4 夏茜というそうだ、なつあかね。 鉄筋コンクリートの森の、どこで、かれらはうまれたのだろう。 わたしの知らない小川があって、そこでは、せせらぎが、時が、 いのちが生まれつづけているのだろうか。 しにつづけているのだろうか。  1*4 稲に穂がついている。夏だ。 梅雨の晴れ間にしては、じめじめ、蒸せた一日が終る。枝を、 重くしならせた枇杷の木のなかに隠れて、 明日の朝を待ちたい気がした。 2*4 今年初めて、蝉の抜け殻が網戸の真ん中に残されていた。探すと、 這い出てきた穴は、楓のそばにあったが、手入れはしていない、 荒れた地面だ。こんなところで待っていたのか、 こんなところから這い出てきたのか、ほんとうなのか。 訊いてみたいが、羽根のある生き物になったのだ、もういない。 3*4 問いかけるだけのコンテンツになって、日々は、それだのに、 えいえんに似せた表情を隠したがる。 扇風機が回っていた。だれかがはじめに回そうと思ったのだ。 だれかに似ただれかが。 4*4 文学館の入口に、鳩の、羽根がひとつ、落ちていた。 羽毛ではなく、根元の肉が、欠片だが、ついている灰色の羽根。 それでも鳩は落ちていなかった。生きて、飛んでいるのだろう。 5*4 焼き鳥の匂いがした。夕暮が時間となって現れた。 小焼けのほうの夕焼けを追う。列車とバスと、 そのまえにはうちから自転車、うちのなかでは階段、 ベッドからはわき腹で転げて起き出して、 二三個となりの街の建物へやってきて、見ているのは夕暮だ。   1の下に8 その隣に9

無日2

ことばの世界へつづくプロダクトキーもまた、ことばでできている ことばの取り扱いに長けているひとびとがいて、かれらは、 声の使い方も、こころえている。 分類のなかで、ことばはささやかれる。 ときどき、ことばは声になり、声は波になり(大波……小波……) 、 分類のそとまで跡をのこす。 社会という枠組があるとして、枠内大小の分類は、 相互を認知している。 依存し、支え、傷つけ合いながら、社会の細胞として生きている。 細胞群のあいだ、《どろどろとした無言》の領域に、 わたしたちはいる。 (そこには内側がない、よって外側もない。社会は、べろり、 枠組を反転させても、また社会があるだけだ) * 名前のないわたしたちは、共通言語をもっていない。 「どこにいますか」「だれですか」「わたしですか、 あなたですか」 問えず、 「わたしです、そしてあなたです」「ここにいます」「いや…… わかりません」 答えられない。 * わたしには名前がない。分類のなかにいない。 * 答がほしいわけじゃない。 ただせめて、目をあわせたい。 どこかにいるであろうわたしと、ほんのひととき、いちどきり、 互いを見つけ合えたら……『ここにいる』そう、気づき合えたら、 気が楽になるとおもうのだ。 ひとはそれぞれ生きている。わたしもここで生きている。 あなたはどこで生きていますか。

無日1

  ヘルシーマフィン ことばは信頼するものではなく、存在のために利用する、 よろいであり、身代わり、わたしの場合には、 ヘルシーなマフィンみたいなものだ。 わたしはマフィンを美味しく焼く。ヘルシーなのにあまく、 魅力的に丸みをおび、想像通りの匂いがする、プレーンマフィン。 ひとに、ときどき食べてもらう。 おいしいと言われることも、好みではないと言われることもある。 その感想がわたしのそんざいを構築する。 わたしはわたしではなく、マフィンとして、よのなかに存在する。 どんなにまずいと言われても、 惚れ込みましたとつきまとわれても、わたしはマフィンだから、 痛みも悲しみも、マフィンがかんじ、マフィンが傷み、 マフィンが大事にされる。 * 生きるためにはなにをしてもいい。例外はない。 あなたのいのちのために必要なものは、 必要なだけもちいるべきだ。 そこに法や、倫理や、いまの時点の医学や、世間体や、 あなた自身の迷いなど関与すべきではない。 なにをしてもいい。 だれかよりも、だれかのいのちに価値がないという判断は、 いまあるだけのこと。 いまのすべてが真実だと考えるのはおろかなことだ。 ひと昔まえには個性だったものに、いまはICDコードがつく。 暴力性が、戦争地帯でかぞくをまもる。 これは麻薬だが、場合によっては保険適応できます。 ものをたくさんもっているひとと、 ほとんどもたないひとのどちらがセオリーだろう。 知識として教えられてきたよりも、 げんじつでは個人の判断がたいせつになってくる。 だれも答を知らない。 ただしい道も、解決策もない。 あったら、この星はとっくに滅びているはずだ。 いちばん易しい状態は、なにもないことなのだから。 自分の意志であなたはそんざいしている。 わたしは、お人形でいいよ、とは言ってやれない。 その代わり、あなたをゆるしたい。 あなたがあなたのいのちをまもるために、選ぶすべてを、 許容したいとおもうのだ。 あなたの現実はあなたがすきにすればよい。 だが、あなたのいのちはあなたのものではない。 傷つけることも終わらすことも、あなたには認められない。 生きなさい。 選択肢はない。

0708

70 80 7102 わたしの仕事はみんなの歩いたあとを消すこと 兄は恥ずかしい仕事だといいます なにもいえずうつむくのは母です わたしは恥ずかしいとは思わない けれどさびしい仕事だとは思います ほめられることはありません 邪魔だ、とよく怒られてしまいます 主任は眼のおおきなひとで 怖がりなわたしはうまく眼を見ることができません 主任は怒ってはいないと思います 恥ずかしいと思っていないだけ わたしはあしあとを消しますが あしあとに、消してごめん、とは思いません ただ消して、消えたなと思って、消してごめんとは思わない さびしいのはわたしのほうだ あした、わたしは仕事がおやすみ 今日、 わたしがみんなのあしあとを消すためにつけたたくさんのあしあと を あした、主任が消す   90 80 7102 月の夜にかけだしていくツミルニルマ ひかりの筋を二本引き   11 80 7102 二等辺三角でいう等しくはない一辺がわたしであること   31 80 7102 立ちどまっているわたしにぶつからないで * もっと苦しむべきだった。恐れていたことを経験し、 できないと考えていたことに取り組み、 苦痛を享受すべきであった。 もうじゅうぶん苦しんだ、これで楽になれる。 そんなふうにはとうていおもえない。 * 今日はいい日だった、つぶやくわたしはぼんやりとしている。 疑い方をしらない。   51 80 7102 《ありがとう》 存在の申し訳なさの表出が足りないのだ。 今日はつらかったね、昨日もつらかったからだよ。 わたしの周りに無言地帯ができる。 わたしはときどき汚物で、ときどき犯罪者で、 ときどき見たこともない、たとえばトロールみたいな、 ファンタジィな存在。 ときどき看守がつく。 わたしは働く。 終りました、って言う。 看守はまだおしゃべりにこうじている。 わたしはいなくなる。 看守とほか、九千九百九十八名は、自らの軌道に戻る。 わたしはひとです。 あんまりおもわないけれど、今日はおもった。 わたしは労働者です。 あなたが今日、休日であるように、わたしは今日、 お仕事であるという、それだけのちがいです。 ばこん。 何何られるとは言いたくない。 ばこん。 でもいま、わたしとあなたはぶつかりましたよ。 ごめんなさい! 叫びたかった。 だれにとっても...

5170

51 70 7102 ふさわしいことばがある。「永遠」だ。   71 70 7102 あなたの特徴につける名前はありますか それは括弧におさまりますか あるいは名前のまんなかに・で挟んで表示するべきものですか   91 70 7102 あなたの言葉につける名前はありますか それは言葉でできていますか あるいは温度をもっていますか 生きているのですか   12 70 7102 連絡船が運航をやめて以来わたしとわたしははなればなれです。   32 70 7102 「わたしはこころではなくなった。ようやく。」   52 70 7102 365日やさしいこころでいたい。 だけどそうなれなくて、そうなりたいときには、 パンを買いに行きます。   72 70 7102 パ・イ・ナ・ツ・プ・ル、パ・イ・ナ・ツ・プ・ル   92 70 7102 《話したい》 泣かないでとは言えないから 朝がきたら どうでもいいわけをあなたと話したい そのあともしも 夜がきたら あなたの どうでもいいわけないわけを わたしに話してほしい   13 70 7102 瞳には瞳の心があるとして生きて生きることへの賛辞を送ります   10 80 7102 ふりかえる 愛しかない   30 80 7102 光がもっとも遅れている。   50 80 7102 詩のためにできる10のこと 新発見ではなく、再発見を 過去よりもいま つとめて変わらない生活をする あいしていると言わない 書き留めなくていい 正直な感情を知る からだに触れる 活動よりも休息を意識した空間をもつ 習慣をひとつもつ あしたはあると信じる 1出会いはあった。美しいもの、かけがえのないもの、 悲しいこと、すばらしいおもい。足りることはないかもしれない。 だが、じゅうぶんだとおもえることが目的ではなかったはずだ。 思い返したい。記憶のなかで、感情をとおして、 もういちど触れて、嗅いで、見て、知って、もういちど、 出会おう。わたしたちはなんどでも出会える。 すでに出会えたのだから。 見つかるものは、おそらく、あのころとはちがって見えるだろう。 ちがって聞こえ、感じられることを知ることになるだろう。 よろこびを悲しみ、雨にはしゃぎ、 夜よりも朝...

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12 60 7102 安全なものに似ていた ふれるとやわらかかった もういちどふれた やっぱりやわらかかった カツンカツンと音がした みるとやわらかいものにふれるわたしの指は溶けてもはや骨だけに なっていた 骨は白くて 白いものはたしかに安全なものであるから わたしはとても安心した   32 60 7102 わたしが100匹の羊   52 60 7102 置き去りにされたのは99匹のほう 神のいないこの世界で、 一匹のわたしはもうずいぶん遠くへ行った/辿り着いた/消えた   72 60 7102 意味がないことに意味を付けすぎている 無は無であり、絶望とはちがうにもかかわらず   92 60 7102 白い犬も飾りたい   10 70 7102 願いはいつだってひとつしかない。 ありったけのしあわせをあなたに向かわせたい。   30 70 7102 大前提のことを、もっとよく知りたいです。   50 70 7102 頭のようなものがいたい。   70 70 7102 その本を手にとれば陳列棚が崩れるだとか、 この椅子にちょいと腰掛けようものならあっさり脚が折れるだろう とか、そんなことをいちいちと心配しています。 夢のなかではすでに、心配事ははじまっているので、 あとはむがむちゅうで逃げるしかありません。 窓をとびだし、森をかけおり、川にとびこみ、水をのみ、 透明の向こう側をこちら側から見上げます。 光は、そこにたしかにあるのだとどうやらわたしは知っています。 苦しみはありません。 こちら側からはほんとうにすばらしく見えるのです。 深い川はだからあんしんして沈むことができました。   90 70 7102 99匹のわたしが眠りはじめる    11 70 7102 自己の埋没こそが、世界につながる唯一の条件である。   31 70 7102 なにかがおかしいが、なにがなのかはわからない

1060

10 60 7102 身体性の欠如にむかう   30 60 7102 わたしが信じていることは、 わたしたちはことばではないということ。 どんなことばもあてはまらず、足りず、足りすぎるということ。 わたしが実践しているのは、 わたしたちをことばにしてしまおうということ。 記述しうる・配列・論理にして、機器・器官になろうということ。 ことばを手放してはじめて、 人間という枠の中にいれてもらおうということ。 こころは大きすぎるし、もろすぎる。空気や光も必要とする。 枠の中(箱の中)には、生きたままでは入れられない。 そして世界はどこにあるのかといえば、内側にある。   50 60 7102 目のない子を飾りたい。そして、 くちびるのない子にキスがしたい。   70 60 7102 わたしとあなた、ここに四人いる。四人のうちのだれが、 かれをころしてしまったのだろう。   90 60 7102 わたしたちはここにいるのに、どこにもいないようなのです。   11 60 7102 あなたは本 このよにただいっさつの本 あなたを読みたい   31 60 7102 パロディ 《やがてばらばらへと至る》   51 60 7102 いのちは算出できません   71 60 7102 よろこびもくるしみも、よろこびとくるしみでしかありません。 ことば以上のものはもうここにはありません。   91 60 7102 くりかえす 記述せよ

7/2

こえ なじみぶかいかれらがやってきた。 来るだろうとは、うすうす、知っていた気がする。 降りしきるこえが光れば、星とおもう。 震えていれば、弱いとおもう。 円周の壁をよじのぼるかれらを待つ。 この耳を手放すかくごなら、もうできていた。 * 7/2

6/28

グレッグ・イーガンのことはしらないままでしんでゆこうとおもう * 時間があっても、肉体と思考がなければ行為はうまれない。 ひとは、機能の低下によって、 さまざまな選択を手放すことになる。 読めない本を積む、行きたかった場所のリストを増やす。 「いつか」はない。 選択肢こそが時間である。 かんがえているのは、はんたいのことだ。 ひとが、肉体と思考を手放したあと、のこるものはなにだろう。 「時間」なのではないかとおもえて、ひとり、 苦笑するはめになる。 かれこれ三日ほど、笑いっぱなしである。 現実はわたしにしかない、とつねに考えているはずが、 時間は現実の外側にあるとおもいたいらしい。 わたしは、しかし、時間のことは、これまで考えてこなかった。 知ろうともしてこなかった。 そしていま、はたして、「時間」は、どこにあるのだろうか、 と考えているわけだ。 知らないことをかんがえるのは愉しい。 これ以上の自慰はない。 時間はどこにあるのか。 いや。 いつあるのか。 * 親不孝だからだろう。 火がある、という気がしている。 肉体と思考が欠落したあとには、時間があり、 時間とは火で、そこで消失した”わたし” なるものが焼かれるのだ。 えいえんに。 地獄はここにある。と彼は言ったが、 わたしはまだそれを、見つけられずにいる。 * 知ることは快楽だが、知らないことは救済だ。 この街。 美術館のない街、海がある街。 峠がある街、そこでひとがよく死ぬ街。 わたしは死にたいひとではない。 死にたい死にたいとおもいながら生きていくのは、 つらいだろうな、と想像する。 想像とは、くだらない方の自慰だなあ。 生きたい生きたいとおもいながら死んでゆくのも、 そこそこつらい。 比較と呼ばれる自慰を、わたしはゆるさない。 * エフエフが好きだが、グレッグ・イーガンをいまだ、 一冊も読んだことがない。 たぶん、「エフエフが好き」なんて言ってはいけない、 と怒られても、わたしはちろりと舌をだし、 首をちょこっとすぼめることしかできないだろう。 知れば、どきどきするだろうな。 世界はね、こうして拡がっていくんだ。 知ることだけが、あなたになる。 いちど拡がりはじめた境界は、こぼれた水のように、 あなたの監視はなくとも拡がりつづけるのだ。 止まるよ、水のかぎり、いずれは。 でもそのときまでに、わたしたちは、 ...