*べろ

わたしたちは、完璧な記憶を持っている。

完璧ではない記憶など存在しない。
わたしたちは、記憶の展開にぶきように生まれついた。
展開の条件は解明されないことにある。

生きのびるごとに、その手技はおとろえ、まちがいにも慣れきった。
記憶だとおもって、まったくべつの抽斗を、開けたり閉めたりしている。

かなしみではない。

むかしから、機能の欠落として、記憶のことを気にしていたのだが、いまは、もう気にならない。

なにひとつ失わない。

そういうことにして、
今日は早めにカーテンをひいた。

記憶は、すくなくとも、暗いところが落ち着くだろうから。

膝から崩れおちる。
あわてて、掴まる。
どこに。

わたしが追いついたのか、なにかがわたしに追いついたのか、わからない。
ひとつの時に、わたしとなにかが統合を迎え、膝が折れ、胸がゆれる。
落ち込むには、地面は固いままで、わたしは肉体のかぎりにぺしゃんこになるが、感覚はわたしを置き去りにして、沈み込む。

置いてけぼりだ。
わたしも、なにかも。

わたしとなにかは、震え、どうしようもなく震え、だがやはり、どうしようもないのだ。

心臓だけがただしく悲鳴をあげられる。

立ち上がるとき、本棚のべろに掴まった。
そこには、女のひとが恋する本と、女の子がひとを殺す本が、並んでいた。

すばらしい世界だろうか、ここは。
すばらしい世界だろう、ここさえ。

まだ、わたしは震えている。

とうぜんだ、とおもうと、きぶんは安らかになった。

なにかに、わたしは名前をつけない。

心臓だけがいまだ高鳴っている。

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