*なぜ、外に出してしまったの/心象風景

南風しかふかない街に、南向きの、窓がない家が建っていました。

かなしみは、その街をさけて、各街に、おとずれました。

さようなら、さようなら

こだまします。

さようなら、わたし

さようなら、こころ

窓のない家の中で、あたたかく、しめった声が、吹き溜まります。

さようなら、かなしみ

さようなら、みなさん

今朝がたうまれた前線は、あなたがあなたの街、あなたのお部屋で、うんだものです。
なぜ、外に出してしまったの。

生温かい風が目にしみる。
遠く、近い海上で、台風がうまれたのだ。
通告はこのようにして、はやばやと、うみべの街にとどけられる。

ふあんととまどいが満ちた夜が明け、今日という日は、電線にとまる二羽の鴉の口づけではじまった。
個体が大きいためだろう。
ヤマガラやスズメにはない友愛が、黒い翼の根元から先端までを光らせ、事実の証明を試みる。
あるいは、未来の証明か。
嵐の日、かれらはどこにいるのだろう。

気がつくと、わたしたちは互いに傷を負っていた。わたしは左大腿と右腕に、コテを貫通させたような、真四角の穴を抱いていた。
痛みはなかった。傷の形や、そこからかんじられる正しさ、断片にのぞく、ピンク色の組織と、白い脂肪が、あまりにはっきりと見えすぎて、こわくおもえた。

四角い弾丸は、あたりじゅうに乱射されていた。

わたしにしても、この身体のほかのどこに傷を負っていても、おかしくなかった。痛みがないのだ、気がついていないということもじゅうぶんにありえる。

空間は絶望していた。
逃げ場もなければ、助かる見込みもなかった。
だが、わたしたちは、未来のことよりも、目のまえよ傷にばかり、気をむける。
おかしなほど生真面目に、けんめいに、この傷の手当てを探しあう。

そののち、音がして、わたしはあたらしい傷を見つけた。
みじかい痛みをゆっくり、ゆっくりと追いかけて、わたしはその傷の形をみとめた。

蛇腹折りされていた心象風景をひらく。
数秒間、おまけのように、音が鳴る。

鍵盤があったらな。
わたしたち、うまく話せただろうな。

いちど生まれた折り目はにどとなくならず、風景は、そうではないのに立体に見えた。

胸があったらな。
あなた、おおきな楽器と呼ばれただろうな。

前向きな論理が嫌われていた。
わたしはちいさな声で、同意したかった。

だれも傷つきたくなんかない。

たいせつなことは、たいせつにしたい。

6/22

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