*ばん

わたしはことばに魅かれているとおもっていた。

ことばを求めている気になっていた。

ばん。
そんなふうに、突然気がつくことはありえないことではない。意識以前に行為がはじまるように、わたしのこころはわたし以前に知っていたのだろう。

わたしはことばではなく、いのちが恋しかったのだ。

ことばの奥にあるいのちに反応して、魅かれ、求め、あつめては、つなぎとめられてきたのだ。
どんなに美しい文章であっても、すばらしい人生であっても、いや、そうであるからこそ、いのちの匂いは消えてしまう。
生活はメロディに似ている。あなたが奏でる音は、わたしの耳にはおおきすぎる。
鋭すぎる。

鍵盤だけがぽつんとある部屋を、とおん、とおん、ノックをする。
返事がないことに、わたしはさらにあんしんして、どこにもない、ここにしかないピアノを、ちいさな覗き窓から見つめる。

ないことだけが、あんしんになる。

ことばを追いかけて、ものがたりをもとめて、わたしがほんとうに見ていたのは、いのちだった。
わたしのなかの原子が、あなたの原子をとらえ、知る。
わけは、知る由もない。

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