1月 - 5月 17, 2020 くらやみがやってきたこんにちはと言って、むかえてやろうおまえはわたしだ * 僕はまだここにいるジェニファー・ニーヴン『僕の心がずっと求めていた最高に素晴らしいこと』石崎 比呂美 辰巳出版 2016.12 みんな声をもっていることばをはなしているそれは目に見えるし、形もあるしときにはだれかのこころにとどく小さな声だとしてもあなたは声をもっている ここには、はなせるひとしかいない ひとつのことばももたないひとはいない それが、ここだ ここ//ここ コメント
*もしも蝶に問われたなら - 6月 24, 2020 わたしがなくなるということは、 わたしにとっておかしなことであって、わたし以外の現実( もしもそのようなものが存在しているならば) にはさし障りないことだ。 わたしはいまもおだやかなきぶんでいる。とらわれたり、 駆られたり、夢中になったりしていない。背中も手も、 だれにも触れていないし触れられていない。 不当な人生だ、とはいちども思ったことがない。 美点ではないとわかっているけれど、 わたしが許せなかったのは自分自身だった。ひとや、 社会を憎まない代わりに、さんざんわたしをなじってきた。 ごめんね、と言おうかな。 この年になるまで、わたしのことがわからず、 歯がゆさについつい頭に無理をさせてきたこと、 身体をニセモノのように扱ったこと、 ないことにしたくて折り紙みたいにしわくちゃに丸めたり、 ときには、折って、鶴にして、百万羽の最後尾に紛らわせたこと、 ごめんね、謝るよ。 花にたいして、「蝶になりなさい」 と言いつづけてきたようなものだ。しかも蝶のうち、 よくとべるあざやかな羽色の蝶に変わりたかった。( もとの姿に戻りたい、とさえ思ったこともある) いま苦しんでいるひとに、 だれかの手が差し伸べられればいいとおもう。 転んで膝をむいているひとや、方向がわからなくなったひと、 身体がいたいひと、こころが混乱しているひとに、 たすけは必要だ。 基質と変質をとりちがえていたわたしが、ひとつ席を空ける。 あたらしいわたしは歩くことを苦にしない。 休みたいひとが休んで、また歩き出せることを祈る。 わたしはいま、苦しくない。 つよがりでも、絶望でもない。 また、同時にこんなふうにもおもう。 九時間の労働のために、八十四時間の休みが必要な、 一般からするとたいへん情けないわたしだが、これで充分よい。 すばらしくはないかもしれないけれど、 わたしにできることをさせてもらえる場所があるのだ。 そしてわたしにはできているのだ。これ以上なにをのぞむ。 あかるい明日はないとしても、 今日を精一杯生きている自分にこころは満たされている。 このさきも、 わたしにできる取り組みをひとつひとつつづけて生きていくことに 、ふしぎと恐怖心はわかない。あかるくない、わかっている。 だが、おかしくない。 ならばなぜ、ともしも蝶に問われなら、 わたしはなにと答えれ... 続きを読む
**世界中が工事中 - 6月 24, 2020 わたしのために生きている、なんて贅沢なことだろう。 比べることはきぶんに沿わないけれど、よのなかには、 他人のために生きているひともいるのだ。 ひとではなく、物であったり、概念・信念、夢だとか、 罪のために生きているひとたちもいる。 おなじ理由で死んでいくひとたちがいる。 いっぽう、わたしは、わたしのためだけに生きている。 あぜんとしてしまうな。 贅沢がとびらをたたいて、わたしはむやみに受け入れた。 それ以来、ずっといっしょにいる。 おなじ理由はさいごまでつづきそうである。 *︎ あっつうい! これもあたらしい発見、わたしには夏がやさしいらしい。 通勤には風がありますので、 わたしは冬衣をいまだに着こんで部屋を出ます。 あついです。 仕事がはじまるまでにぐあいをわるくしてしまいそうなくらい。 できるだけ早く(というか現実における最速にて)、 風のなかにとびだします。 風はきもちいい。みどり色のサイドからは、 産まれたばかりの影の子どもたちが、追いつ追われつ、 あふれだす。 だれもいないとなおいい。 だいたいいないから、やっぱりとてもいい。 しかあし! あっつういですわ。 空に太陽があるのだもの。 とうぜんですか。 無がむかう日もあれば、歌なんて口ずさむ日もある。 今日は、「無です」、なんて身体は言っていたけれど、 こころはちらちらと目を覚まして、光を見ていた。 風を、影を、信号機のかさのゆがみを、 わたしがとおらない道の立看板を見ていた。 世界中が工事中。 だけどわたしのゆく道は、がたがたではあるけれど、 だれも整備についていない。 つかのまの自由が叫んで、道路のまうえをゆらりゆらりと、 揺らすのでした。 *︎ 報酬という考えかたは、あまりよくない気がしている。 条件は設定もできれば、廃棄もできてしまう。 あきらめるからやらない、なんてかんがえたりしないように、 わたしは行為と行為を独立させておくことにした。 明日であるから、ではなく、行為があるのが、明日であるだけだ。 こんなふうに。 ちいさな声で打ち明けます。 ほんとはそんなに割りきれやしなくて、 しらないふりをしているだけです。ほんとうは、明日でなければ、 わたしはセブンイレブンの栗饅頭を食べられない。 白いあんこのやつです。楽しみにしている。 だけど、明日は素知らぬ顔して、ふんふん、わけな... 続きを読む
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