7月 - 5月 17, 2020 精神病の従来の「治癒」の多くは、何らかの理由で患者が再び正気を演技する決心をした、という事実のうちに存するのだと私は確信する。R.D.レイン『引き裂かれた自己:狂気の現象学』天野 衛 ちくま学芸文庫2017.1 すくわれたことはありますか。わたしはある。 コメント
**世界中が工事中 - 6月 24, 2020 わたしのために生きている、なんて贅沢なことだろう。 比べることはきぶんに沿わないけれど、よのなかには、 他人のために生きているひともいるのだ。 ひとではなく、物であったり、概念・信念、夢だとか、 罪のために生きているひとたちもいる。 おなじ理由で死んでいくひとたちがいる。 いっぽう、わたしは、わたしのためだけに生きている。 あぜんとしてしまうな。 贅沢がとびらをたたいて、わたしはむやみに受け入れた。 それ以来、ずっといっしょにいる。 おなじ理由はさいごまでつづきそうである。 *︎ あっつうい! これもあたらしい発見、わたしには夏がやさしいらしい。 通勤には風がありますので、 わたしは冬衣をいまだに着こんで部屋を出ます。 あついです。 仕事がはじまるまでにぐあいをわるくしてしまいそうなくらい。 できるだけ早く(というか現実における最速にて)、 風のなかにとびだします。 風はきもちいい。みどり色のサイドからは、 産まれたばかりの影の子どもたちが、追いつ追われつ、 あふれだす。 だれもいないとなおいい。 だいたいいないから、やっぱりとてもいい。 しかあし! あっつういですわ。 空に太陽があるのだもの。 とうぜんですか。 無がむかう日もあれば、歌なんて口ずさむ日もある。 今日は、「無です」、なんて身体は言っていたけれど、 こころはちらちらと目を覚まして、光を見ていた。 風を、影を、信号機のかさのゆがみを、 わたしがとおらない道の立看板を見ていた。 世界中が工事中。 だけどわたしのゆく道は、がたがたではあるけれど、 だれも整備についていない。 つかのまの自由が叫んで、道路のまうえをゆらりゆらりと、 揺らすのでした。 *︎ 報酬という考えかたは、あまりよくない気がしている。 条件は設定もできれば、廃棄もできてしまう。 あきらめるからやらない、なんてかんがえたりしないように、 わたしは行為と行為を独立させておくことにした。 明日であるから、ではなく、行為があるのが、明日であるだけだ。 こんなふうに。 ちいさな声で打ち明けます。 ほんとはそんなに割りきれやしなくて、 しらないふりをしているだけです。ほんとうは、明日でなければ、 わたしはセブンイレブンの栗饅頭を食べられない。 白いあんこのやつです。楽しみにしている。 だけど、明日は素知らぬ顔して、ふんふん、わけな... 続きを読む
**桜の花びら/夏のプロパガンダ - 6月 24, 2020 むかしは、生活の音がきらいだった。 生活がなにかもわかっていなかったし、 わかってやしないのだけれど、すくなくともいまは、 わたしなりに触れられる生活の輪郭があって、 そこからもれでる音に、きぶんは傷つかない。 真夜中の洗濯機が回っている。 ちいさな窓からは、とおい通り沿いの家の、ちいさな窓が、 だいだいに光ってみえる。 煙草とペンキの匂いは、かきねを梳く。 あさは、咳をするひとがいる。 車椅子の回転はゆるやかにつづく。 先週と先々週末、歌っていたとはちがう歌を、 あの子は練習している。 歌手になるのかな。 下手だなって、しょうじきおもってたんだけれど、 聴き慣れたのだな、いまはすきだよ。 しらない歌。 本をひらく。 頁をめくる。 しおりは挟まない。 忘れちゃいけないよって、おもいたいから。 このごろ、他人のことばばかりが、頭のなかであったかくなる。 わたしはなにかを言いたかったり、伝えたかったり、 しないのかもしれない。 自覚はなかったけれど、事実がそうなのかもしれない。 ただ、名残り惜しくて、話すふりをしたりして、 できることは精いっぱいやったんだとおもいたくて、 歌を歌うみたいに、言葉を選んでいる。 しぜんに。 引用がわたしを作ったのならば、どんなに、 しあわせなことだろう。 こんな、夢みたいな、わたしのいないわたしは、一過性のうちの、 ほんの一面だ。 多角形のわたしはたえず、転回する。 この夢が覚めたら、また、あたらしいわたしだ。 * どうしても泣きたい、そうおもって、ぎゅうぎゅう、枠をにぎる。 涙を待っている。 * まひる、灰色のネコが、昨日までそうではなかった耳を、 桜の花びらにして、ゆらしていた。 しあわせかい。 きみや、きみたちは、しあわせなのかい。 ふしあわせのない世界でも、きみはしあわせになれたのか。 夏のプロパガンダをもろともせず、 あるいは、 かんたんに受け容れて、 ネコたちは、水をさがしにいく。 続きを読む
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